京都地方裁判所 昭和56年(ワ)1864号 判決 1985年8月30日
原告 日本薬包紙株式会社
被告 植田岩雄 外三名
主文
一 被告植田岩雄は、原告に対し、登録第三九七五二四号包装用袋の意匠権につき、昭和五三年六月一日付契約を原因とする専用実施権設定登録手続をせよ。
二 仮に前項につき強制執行が不能のときは、被告植田岩雄は、原告に対し、金二一六万円を支払え。
三 被告大豊機械株式会社は、原告に対し、登録第三九七五二四号包装用袋の意匠権につき、昭和五〇年五月六日受付第四六八号昭和五〇年四月一日譲渡を原因とする移転登録の抹消登録手続をせよ。
四 被告植田真司は、原告に対し、登録第三九七五二四号包装用袋の意匠権につき、昭和五二年六月二七日受付第五九一号昭和五二年一月二九日譲渡を原因とする移転登録の抹消登録手続をせよ。
五 被告植田千恵は、原告に対し、登録第三九七五二四号包装用袋の意匠権につき、昭和五四年三月一日受付第二一五号昭和五三年一一月三〇日譲渡を原因とする移転登録の抹消登録手続をせよ。
六 原告の被告植田岩雄に対するその余の請求を棄却する。
七 訴訟費用は、原告と被告植田岩雄との間においては、原告に生じた費用の三分の一及び右被告に生じた費用を七分し、その六を原告の負担とし、その余を右被告の負担とし、原告と被告植田真司、同植田千恵との間においては全部被告植田真司、同植田千恵の負担とする。
事実
第一申立
原告 主文一、三ないし五項同旨の判決のほか、「一、仮に主文一項につき強制執行が不能のときは、被告植田岩雄は原告に対し金一五〇〇万円支払え。二、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決
被告ら 「一、原告の被告らに対する各請求を棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二請求原因
一 被告植田岩雄(以下被告岩雄という)は左の意匠権(以下本件意匠権という)の意匠権者である。
登録番号 第三九七五二四号
意匠を現わすべき物品 包装用袋
出願日 昭和四二年五月一一日
登録日 昭和五〇年一月三一日
二1 訴外園部一成は、昭和五三年六月一日、原告会社代表者永峯洋佑の名義でもつて、被告岩雄との間で、原告会社が前記意匠権につき専用実施権を設定することを約した。
2 原告会社代表者永峯洋佑は、同月一〇日ころ、右契約を追認した。
三1 しかるに本件意匠権には次の各登録が経由されている。
(一) 昭和五〇年五月六日受付第四六八号、被告大豊機械株式会社(以下被告会社という)のために、昭和五〇年四月一日譲渡を原因とする登録
(二) 昭和五二年六月二七日受付第五九一号、被告植田真司(以下被告真司という)のために、昭和五二年一月二九日譲渡を原因とする登録
(三) 昭和五四年三月一日受付第二一五号、被告植田千恵(以下被告千恵という)のために、昭和五三年一一月三〇日譲渡を原因とする登録
2(一) 右(一)ないし(三)の各登録は、右二の契約により発生した原告の被告岩雄に対する専用実施権設定登録手続請求権を侵害している。
よつて原告は、右(一)ないし(三)の各登録名義人である被告らに対し各自の登録の抹消登録手続を求める。
(二) 仮にそうでないとしても、右(一)ないし(三)の各登録は被告岩雄の本件意匠権を妨害しているから、被告岩雄は右(一)ないし(三)の各登録名義人である被告らに対し各自の登録の抹消登録手続を求めることができるのに、右請求をしない。
よつて原告は、右二の契約により発生した原告の被告岩雄に対する専用実施権設定登録手続請求権を保全するため、被告岩雄に代位してその余の被告らに対し前記(一)ないし(三)の各登録の抹消登録手続を求める。
四1 原告は、被告岩雄に対し、前記二の契約により専用実施権設定登録手続を求める。
2 右登録手続の強制執行不能の時は、原告は金一五〇〇万円の損害を蒙る。
2500万円×30/100×8×1/4=1500万円
(年間推定売上高)(推定利益率)(意匠権の残存年数)(調整値)
よつて、原告は、強制執行不能の時は、被告岩雄に対し金一五〇〇万円の支払を求める。
第三請求原因に対する答弁
一 請求原因一の事実中、被告岩雄がもと本件意匠権の意匠権者であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
二 同二1の事実は不知、2の事実は否認する。
三 同三1の事実は認め、被告岩雄を除くその余の被告らは同2の事実及び主張を争う。
四 被告岩雄は、同四の事実及び主張を争う。
第四抗弁
一 被告岩雄は、昭和五〇年四月一日、被告会社に対し、本件意匠権を譲渡した。
二 被告岩雄は、訴外園部一成において原告会社の経理内容及び原告会社代表者永峯の有無を明らかにすることを条件として、請求原因二1の契約を締結した。
第五抗弁に対する答弁
抗弁事実を否認する。
第六再抗弁
被告岩雄は、本件意匠権を真実譲渡する意思がないのに、被告会社と通謀して、抗弁主張の譲渡を仮装した。
第七再抗弁に対する答弁
再抗弁事実を否認する。
第八再々抗弁
一1 被告真司は、昭和五二年一月二九日、被告会社から本件意匠権の譲渡を受けた。
2 その際被告真司は、右再抗弁事実を知らなかつた。
二1 被告千恵は、昭和五三年一一月三〇日、被告真司から本件意匠権の譲渡を受けた。
2 その際被告千恵は、前記再抗弁事実を知らなかつた。
第九再々抗弁に対する答弁
再々抗弁事実は否認する。
第一〇再々々抗弁
1 被告会社は、本件意匠権を真実譲渡する意思がないのに、被告真司と通謀して、再々抗弁一1主張の譲渡を仮装した。
2 被告真司は、本件意匠権を真実譲渡する意思がないのに、被告千恵と通謀して、再々抗弁二1主張の譲渡を仮装した。
第一一再々々抗弁に対する答弁
再々々抗弁事実は否認する。
第一二証拠<省略>
理由
一 請求原因一の事実中、被告岩雄がもと本件意匠権の意匠権者であつたことは当事者間に争いがない。
二 そこで同二の主張についてみるに、
1 被告岩雄の作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については証人園部一成の証言(以下園部証言という)によつて成立の認められる甲第四ないし七号証、第八号証の二、成立に争いのない甲第八号証の四、原告会社代表者永峯洋佑の尋問の結果(以下永峯供述という)及びこれによつて成立の認められる甲第一一、一二号証、成立に争いのない乙第七、八号証並びに園部証言によれば、請求原因二1の事実が認められ、前顕甲第一一、一二号証、園部証言、永峯供述及び弁論の全趣旨によれば、同2の事実が認められ、右認定を覆すに足る的確な証拠はない。
2 そこで右1認定の契約に抗弁二主張の条件が付されていたか否かについてみるに、被告植田岩雄本人尋問の結果(以下岩雄供述という)及び証人目近義明の証言(以下目近証言という)によれば、なるほど右契約の締結交渉の際被告岩雄が園部一成(以下園部という)に対し右条件を付することを申し出た事実が認められるけれども、他方前顕甲第四ないし七号証中には右条件が記載されておらず、前顕甲第八号証の二、四によれば、被告岩雄は、すぐにでも専用実施権設定登録手続のできる書類を右契約締結と同時に園部宛作成交付していることが認められ、また前顕乙第八号証中には、条件が成就しないから専用実施権設定の登録手続に応じられないという旨の弁明はされておらず、その他園部証言にも照らすと、前記条件は結局前記契約中に盛り込まれなかつたものと認めるのが相当であり、これに反する前記岩雄供述、目近証言は採用できない。
3 そうしてみると、被告岩雄は、原告に対し、本件意匠権の専用実施権設定契約から発生する義務として、専用実施権設定登録手続をしなければならない。よつて原告の請求原因四1の請求は理由があるので、これを認容することとする。
三 ところで、本件意匠権につき請求原因三1記載の各登録がなされていることは、当事者間に争いがない。
四 それで抗弁一、再々抗弁一1、二1の各主張についてみるに、前顕甲第五号証、第八号証の二、四、第一二号証、乙第七、八号証、成立に争いのない甲第一、三、一九、二〇号証、第二一号証の一、二、第三〇号証、官公署作成部分の成立については争いがなく、その余の部分については岩雄供述によつて成立の認められる甲第二八、二九号証、原本の存在及び成立とも争いのない甲第三一、三二号証、園部証言、永峯供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。即ち
1 被告岩雄は、昭和五〇年一月三一日、登録により本件意匠権の意匠権者となり、同年四月一日高園産業株式会社に対し通常実施権を設定するにあたり、専ら税務対策上の考慮から、本件意匠権を被告岩雄のワンマン経営で自己の住所を本店所在地とする被告会社に対し本件意匠権を譲渡したとして、その登録名義を被告会社に移したこと
2 その後被告会社は、経営不振のため、裁判所でした和解に基づく債務の支払も滞つて倒産が避けられない情勢となつたため、債権者からの差押等を免れる目的で、昭和五二年六月二七日付をもつて、被告会社が同年一月二九日被告真司(被告岩雄の長男で、当時同一住所に居住、当時二三歳)に対し本件意匠権を譲渡したとして、その登録名義を被告真司に移したこと
3 そして昭和五三年六月一日の本件専用実施権設定契約締結にあたり、被告岩雄は本件意匠権の権利者として、甲第五号証、第八号証の二、四、乙第七号証の各書類を作成したこと、そしてその後右専用実施権設定の登録ができず、原告及び園部との間に紛争を生じたが、昭和五三年八月二日被告岩雄が園部らに宛てて出した内容証明郵便中においても、自らが本件意匠権の意匠権者でなかつたと言うことなく、却つて、専用実施権を設定することはできないが、通常実施権なら設定してもよい旨提案していること
4 更に、その一か月余後の同年九月二四日には、被告岩雄が被告真司と連名で、坂本俊二外一名に対し、本件意匠権の通常実施権を許諾する旨の契約をし、そのときサカモト商会の側では被告岩雄が本件意匠権の意匠権者であると考えていたこと
5 加えて、昭和五四年三月一日には、被告真司が被告千恵(被告岩雄の後妻で、同人と同居、被告真司には義母にあたる)に対し昭和五三年一一月三〇日付で本件意匠権を譲渡したとして、その登録名義を被告千恵に移しているが、右は、前記3判示のとおり被告岩雄が原告に対し専用実施権設定契約をしておきながら、その登録が現実にできるように手続をすることなく、その結果原告及び園部との間に紛争を生じていたのに、その際中に更に前記4判示のとおり坂本らに通常実施権を許諾し、同人らが昭和五三年一一月得意先にその旨の挨拶状を配布したため、右通常実施権許諾の事実が右園部らに判明したあとのことであつて、原告が本件意匠権について被告岩雄、被告会社及び被告真司に対し仮処分等の法的措置に及ぶことも懸念されて然るべき情況下においてなされていること
右の事実が認められ、これらを総合すると、本件意匠権の意匠権者の被告岩雄は、他の被告らに本件意匠権を真実譲渡する意思はなく、被告らの間において譲渡譲受の意思表示の合致といつたものもないまま、ただ単に税務対策や債権者からの法的措置を免れる目的から、登録名義のみを被告らの間で転々と移したにすぎないものと認めるのが相当であり、これに反する岩雄供述、被告植田真司、同植田千恵各本人尋問の結果(以下真司供述、千恵供述という)は採用できない。また千恵供述及び弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第九ないし二〇号証によつても、被告千恵が昭和五三年三月七日の被告岩雄との婚姻(前顕甲第三号証によつて認める)の際三〇〇〇万円ほどの持参金を持つてきて、そのうち二〇〇〇万円以上を昭和五三年一一月三〇日(被告真司が被告千恵に対し本件意匠権を譲渡したとして登録されている日)までの間に被告岩雄の会社のために出捐費消した旨の、被告岩雄、同真司、同千恵の各供述を確と裏付けることができない。そして他に前記1ないし5の各事実の認定及びこれに基づく判断を覆すに足る証拠はない。
そうしてみると、その余の点について判断するまでもなく、本件意匠権の意匠権者は依然として被告岩雄であるといわなければならず、その結果前記三判示の各登録は、被告岩雄の本件意匠権の妨げとなつており、また原告の被告岩雄に対する専用実施権設定登録手続請求権の妨げともなつていることが明らかである。
五 ところで原告は、被告岩雄に対し右のように専用実施権設定登録手続請求権を有しはするものの、登録完了前は専用実施権は発生しないから、原告が専用実施権に基づいて被告会社、同真司、同千恵(以下被告三名という)に対し前記三判示の各登録の抹消を求めることはできないし、また原告の前記被告岩雄に対する専用実施権設定登録手続請求権は、右被告岩雄に対する債権にすぎないから、これに基づいて直接被告三名に対しその各登録の抹消を求めることもできない。よつて原告の請求原因三2(一)後段の主張は失当である。
しかしながら、前記四末尾に判示のとおり、被告三名の前記各登録は被告岩雄の本件意匠権の妨げになつているから、被告岩雄は被告三名に対しその各登録の抹消登録手続を請求しうるところ、被告岩雄が右請求をしないことは当裁判所に顕著な事実であり、そうしてみると、原告は被告岩雄に代位して被告三名に対しその各登録の抹消登録手続を請求することができる。原告の請求原因三2(二)末尾の請求は理由があるので、これらをいずれも認容する。
六 次に請求原因四2についてみるに、前記四1ないし5認定の各事実に徴すると、被告岩雄に対する将来のいわゆる代償請求の必要性を認めることができる。
そこで損害についてみるに、専用実施権設定契約は通常実施権の許諾を包含するから、原告は、たとえ専用実施権の登録のできない期間であつても、通常実施権の限度で本件意匠権を実施することができたものである。しかし、専用実施権は、通常実施権と異なり、意匠権者自身の意匠権実施をも不可能にすることを勘案すると、本件において原告は、主文一項記載の登録手続の執行不能の場合、被告岩雄が本件意匠権を実施することができる限度で、なお損害を蒙ることになる。そして被告岩雄が本件意匠権を実施できる利益は、独占的通常実施権の価格を下まわるものではないと認めるべきである。
そこで、本件意匠権の昭和六〇年七月八日(口頭弁論終結日)現在の独占的通常実施権の価格についてみるに、成立に争いない甲第一九号証及び園部供述によれば、昭和五〇年に期間一五年弱の本件意匠権の独占的通常実施権の価格が五〇〇万円であつたことが認められ、また昭和五〇年から昭和六〇年までの間の物価上昇率を年平均三パーセント、一〇年間で三〇パーセントを下らないものと認め(これは公知の事実というべきである)、また本件意匠権の存続期間があと五年弱であることをも参酌したうえ、本件意匠権の昭和六〇年七月八日現在の(期間昭和六五年一月三〇日までの)独占的通常実施権の価格を金二一六万円と推認するのが相当である。
そうしてみると、原告の被告岩雄に対する主文一項記載の登録手続の執行不能の場合、被告岩雄は原告に対し金二一六万円を支払うべく、原告の本訴代償請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の代償請求部分は理由がないからこれを棄却する。
七 よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 重吉孝一郎)